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千日回峰行


私は動画サイトで、さまざまな方の講演を観るのが

好きなのですが、昨日は塩沼大阿闍梨(様)の講演を観ました。

この方は仙台にあるお寺 磁眼寺のご住職です。

(ちなみに大阿闍梨という職位は、大峯千日回峰行

満行した者のみに与えられるものだそうで、

1300年の歴史の中で、達成した人は2人しかいないそうです。)

大峯千日回峰行を簡単に説明すると、

毎年5月~9月の間

麓の蔵大堂から大峯山頂までの往復48kmを

9年間休まずに歩き続けるという行です。

1000日の行の中で3回「死を感じた瞬間」があるそうで

1・背後からクマが現れた時

2・大きな岩が自分の突いた杖を真っ二つに割って落ちて行った時

3・高熱が続き10日間で11kg痩せてしまった時(何も食べれなかったそうです)

これはどんなに具合が悪くても

天候が悪くても休めません。

途中で辞めてはいけないという行なので

短刀を小脇に挿して歩いていたそうです。

(もしも達成できそうもない時は切腹覚悟)

毎日同じこと(しかも苦痛を伴う)をやり続けるというのは

並大抵の精神ではできないと思います。

 

私が子どもの頃に、聞いたお話にこういうのがあったんですけど、

このお話、なんだったかなぁ?

~お寺に修行に来ていた、出家したばかりのお坊さんの中に

何を言ってもその通りに出来ない、少し出来の悪い小坊主がいたそうです。

住職はその小坊主に「毎日お掃除を欠かさずするように」と言いました。

小坊主は、毎日お堂のすみずみまで掃いたり、拭いたり。

境内や参道、お掃除をして回りました。

その後、この小坊主は立派な職位をもった住職となりました。~

同じことを毎日繰り返す=行をおこなって

悟りを開いたわけです。

塩沼大阿闍梨の講演を観て、この話を思い出したんです。

 

毎日、どうしてこんなことをしなくてはいけないんだろう?

と思うことって(私はあんまりないですけど(笑))あると思うんです。

でも。それはその人にとっての行であり、

それぞれの行を行うことで、人は成長するんだと思いました。

大変なことを、大変と思わず、

達成しようと一生懸命行うことで成長していくと考えると、毎日に意味がありますね。

今日も帰ったらこの動画観ようと思います!

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