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てがみはと

手紙と旅の手帖展のきっかけ③


前日の続きです。

パート2はこちらからご参照ください。

 

市の方から「助成金を使ってイベントをしませんか?」という話をいただき

私が何か賑わいづくりに寄与できる、しかも私にとってもやってみたい!と思う企画が

何かないかなぁ~と考えるようになりました。

実は私、てがみ屋をオープンしてすぐにやっていた部活動があるのですが

その名も「てがみ屋ZINE部」

ZINEとは

個人や少数のグループが、それぞれの思いで自由に、好きなように作った制作物のこと。

(Girl's ZINEより)

てがみ屋をはじめる前に、このGirl's ZINEという本に出会いました。

鼻血が出そうになるくらい興奮したのを覚えています。

私は元々書くことが大好き。

これは、個人でも冊子が作れるということを書いた本で

「誰でも本って作れるんだ!」と、改めて私に教えてくれました。

しかし「てがみ屋ZINE部」は思うように昇華できずに1年ほどで終わってしまいました。

これが私にとっての心残りだったんです。

どうせやるなら、やってみたかったことをやりたい!

「長崎の切り取り方」と「ZINE」を合体させたら面白いじゃん!!

と安易に考えてしまったのです(汗)

 

しかしこの時の私は

「長崎の切り取り方」の第一回目を控え

更にその二日後には「顔ハメ看板ニスト塩谷朋之さんのトークイベント」もあるという、

怒涛の日々を過ごしていました。

(もっと言うと、身内の入院も重なっていまして・・)

助成金を頂くには、資料を6月頭に提出し、

それが認められれば、その資料を基に「プレゼン資料」を制作した後

審査員の前で「プレゼン」しないといけないというものでした。

「いやいや、まじでもう無理っす」となっていたのですよほんとに。

もう提出するのは辞めよう。と思いました。

でもね、今まで何度も話を聞いていただいた

長崎市の方の顔が浮かぶんです・・・

この人たちを裏切れない・・・って思っちゃいました。

だってめちゃくちゃいい人たちなんだもん!!

1人ではな~んにもできないこの私が

何を思ったか

「長崎市のために、、いや違う、この部署の方たちのために

何とか動かねばならぬ」と思っちゃったんですよねー。

(結果、逆に長崎市の方にはご迷惑を掛けたのかも知れません)

 

と言う訳で、あまりリサーチもせずに資料を提出(←ここが後々続く、一番の失敗でした)

その後プレゼンの機会を与えて頂き、審査員の方の前でプレゼンをしました。

その時に私がお伝えしたのは

「みんな誰もがコンシェルジュ」というお話でした。

実は。。。このフレーズ

とある大先輩の方にずっとプレゼン内容へのご意見をいただきながら

修正を重ねていたのですが、その方からいただいたフレーズです。

おかげでプレゼンも無事に、私の中では大成功で終わりました。

本当にその節は〇〇さんと○○さん、本当にありがとうございました!!

 

その1~2週間後、

見事に事業の合格をいただきました♡

ここまで色んなことを乗り越えながら勝ち取ったものだったので

それは感動しましたよ、本当に。

でも私はここから始まるストーリーを全く予想できていなかったのでした。。

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